はじめに
2020年、ポケモンカードは虚無に包まれていた。
ポケモンカードは時折、あらゆるゲームの宿命としての複雑化から逃れるため、大胆なリセットを行う。
前回のリセットはDPt~LEGEND期だ。DPtでのSPポケモンの導入を前兆としてゲームはより単純な方向へと向かい、LEGENDではキラレアの一部までバニラに成り果て、BWでは戦いの主役からカードを重ねるシステムが追い出された。
その後紆余曲折ありつつも10年近くかけて増大したポケカの複雑さはSMで頂点に達し、TAGTEAMの登場を経て剣盾期での再びの単純化が始まった。個性ある刺激的な効果に満ちたGXの後釜に座ったのは数字の大きさがコンセプトのV/VMAXで、非ルールの半数は「三神落ちたら楽しそう」の言葉のもとプレイヤーに見放され、もう半数は開発側にも見放され、一ミリもポケモンの個性にかかっていないテキストと一切のチャンスのない性能を持つことを余儀なくされた。新しく現れる環境級カードはどれもが良く言えば過去の総決算、悪く言えば焼き直しであり、ストレージは溢れ、「しつこい ポケモンの絵が書かれた紙を売ってるだけのコンテンツに一般的なカードゲームとしての価値を求める方が異常者なのだ」という言説が説得力を増すかに見えた。
だが……奥深いフレーバーを持つカードは死滅していなかった!!
本記事では剣盾1年目、特に中期あたりの面白めなカードを軽く紹介する。
ディアルガ(伝説の鼓動)
上技は初出。シールド戦用パックに多い、汎用的な技に新しい名前をつけてフレーバーを補強するやつだ。同弾のマギアナの『オーバーホール』もこのパターンで、機械の点検作業を手札のリフレッシュになぞらえるセンスが光る。
下技はルギアBREAK(めざめる超王)が初出で2回目の登場。ルギアにはあまり破壊のイメージも、閃光を放つイメージもない。妙だな…?
BREAKの中ではかなりマシなビジュアルしてると思う
ポケカにおけるルギアには『エレメンタルブラスト』という唯一無二の個性があるのだが、ルギアLEGEND(ソウルシルバーコレクション)を最後にルギアはエレメンタルブラストを与えられていない。確かに世界に存在する全てのルギアが三鳥の元締めをやってる訳でもないし割と納得かもしれない。ルギア爆誕から長い年月を経た最近のルギアはむしろ風成分を強調されている傾向にあるのだが、風という個性はいまいちカードでの性能と結び付かず、そんなこんなでフラフラしていた薄味ポケモンであるルギアが、BREAK進化というシステムに染まりきった結果*1が『はかいのせんこう』なのだろう。
この『はかいのせんこう』を完璧に活用したのがディアルガだ。専用技『ときのほうこう』が反動技なのもあってかディアルガは大振りな技を持たされがちだったし、ダイアモンドのポケモンであるから閃光要素もばっちり。後継としてこれ以上のポケ選はないだろう。
大振りな閃光を放つディアルガ(ダイヤじゃなくてメタルのフラッシュなのか…。)
ところで、薄味ポケモンであるルギアに対してディアルガはどうか。これはもう文句なしに特濃のスルメポケモンで、噛めば噛むほど味が出る。
初出でいきなり汎用技のはずの『ラスターカノン』に自身のエネバウンス&退化効果をつけて鋼ポケモンからまともな技を奪い去る大失態を演じたのち、様々な手段で『じかんポケモン』としての個性が表現されてきた。ドロー、追加ターン、進化封じ、カードをトラッシュから山札の上へ、味方ポケモンの進化、相手のサイド追加、自分の手札を全部山札に戻して切る(!?)、ワザ封じ、自分の取るサイド増加……
このディアルガはそのどれでもない、しかし完璧にディアルガらしい性能を与えられた。それは『はかいのせんこう』でトラッシュしたエネルギーを、みずから『クロックバック』で付け直すというもの。実際のシールド戦ではおそらく逆に『クロックバック』で加速したエネルギーを『はかいのせんこう』でトラッシュし、そのまま反撃で倒される…ということが多かったと思われるが*2、自らを犠牲にして大技を放ったのち、時を戻して自分の被害だけなかったことにするという和マンチ風味な戦法がカードで表現されたことはディアルガの歴史に刻まれるべきだろう。
ザルードV(伝説の鼓動)
上技はザルードだね〜で終わる。問題は下技で、これはMジュカインEX(バンデットリング)の『ジャギドセイバー』のリメイクだ。
メガジュカインが『ジャギドセイバー』を持つのはわかる。メガジュカインといえば特性『ひらいしん』でもアピールされているギザギザした尻尾だ。
メガジュカインが草エネ加速と回復を行うのもわかる。栄養の詰まった背中の種で草木を育てるんだね。
…でも『ジャギドセイバー』で草エネ加速と回復をするのはわからない。家庭と故郷の剣か?
思うにMジュカインEXはコンセプトからして詰んでいたカードだったのだ。M進化ポケモンはそのレイアウト上ワザ一つだけで構成せざるを得ず、ジュカインの象徴であるリーフブレードはコイン技。コイン技だけのM進化というのは特性のないカジリガメVMAXみたいなものだ。嫌すぎる。剣っぽい技の効果というのは草タイプ全体の積み重ねと比べてやれることが狭いのに、名前だけでも剣を振らせなければならない。その結果がこれなのだろう。
ザルードVにおいては、『ジャングルライズ』というふわっとした技名を持たせることでこの問題を回避している。映画でのザルードの個性もロープアクション・回復・植物育成といったところで、まさにザルードらしい一枚と言える。似たような良リメイクにリザードン(仰天のボルテッカー)がある。トラッシュにいる使い手の数を参照するとき、それをやっているのがネンドール(裂空のカリスマ)だと「ダイゴの霊を操って攻撃しているのか…?」などといらぬ詮索を招いてしまうが、リザードンなら「共に戦った分だけ成長したんだな!」とまっすぐ受け止められる。ところでトラッシュにいるサポートって別に死んでるわけではないはずなんだけど、ゴースト系の技とか『おむかえちょうちん』辺りを見ると死んでる感を出す意図が伝わってくるので、まぁ程々にぼかしつつ雰囲気作りに利用する方針なんだろう。
ローズ(ムゲンゾーン)
多くの虚無カードを産出してしまったパックであるムゲンゾーンから現れた、突然のフレーバー全振りおじさん。ダイマックスをジムバトルに導入した人物かつムゲンダイナを育成していた人物(性格: せっかち)としてこれ以上の表現はちょっと思いつかない。
人気な/人気にする予定の人間キャラクターはしばしばそのキャラクターと無関係な(しかし強力な)テキストを持たされがちな昨今、凝ったニッチなテキストがそのキャラクターの人気のなさ/人気にする気のなさを示すという現象、皮肉。謎髭ビール腹私服がどう見てもパンツうさんくさおじさんに人気が出るのを想定されても困るが。でも自分の観測範囲だと割とじっとりとした人気を確立してるんだよな……あのダンデだって要素だけ抜き出せば謎髭謎マントスポンサーペタペタ貼り付けセンスとしては微妙だよねお兄さんだしな……
ローズタワーとのデザイナーズコンボも良い。周囲の人々が支えてくれてこそのローズさんというわけですね。ピオニーにローズと同じデメリットをつけた結果ピオニーとローズタワーが微妙にシナジってしまったのはちょっと面白い。
マルヤクデVMAX(爆炎ウォーカー)
伝説の不人気パック、爆炎ウォーカーの顔。顔なのでしっかり強く、しっかり再録され、爆炎ウォーカーの価値をさらに引き下げた。最近は爆炎ウォーカーすら売り切れていることも多く、末法の世を感じますね。
性能として別に新しさとかはないのだけれど、撃ち続けることで火力が増す効果を炎の渦効果であるキョダイヒャッカにつけたのには、忠実な原作再現とはまた違う納得感がある。単独で戦えるためにカブ(カブもローズほどでないにしろイメージに合った性能)と好相性なのも良い。本当によく考えて作られた、よくできたカードだと思う。
これに限らずマルヤクデは炎エネを大量につけたくなるデザインをされることが多い。どこまで意識されているかははっきりしないが、炎エネがずらりと並んだ姿はマルヤクデによく似ている。この特色は独自の技名「つらなるほのお」「バーニングトレイン」で補強されており、剣盾の新ポケの中ではかなりしっかりとした個性を持てている。
おわりに
「仰天のボルテッカーも1年目だったな〜」とカードリストを開いたら激おもしろカード(同年比)が大量(同年比)に現れてもういいかな…となったのでこれで終わりにする。剣盾1年目には本当にいかにもな虚無カードが多く存在したが、だからといって虚無な時期だったと丸ごと忘却するには勿体ない。ポケカが剣盾シリーズに入って以降、テキストはともかくイラストにはきちんと熱意が注がれており、ポケモンの公式絵の封印(イラストレーター: Ken Sugimoriでカード検索すると分かりやすい)はその代表である。爆炎ウォーカーには個人的に大好きな『原作での出現場所を律儀に守るヒンバス』『ターフスタジアムで戦うシュバルゴ』を始めとして原作ファンをにやりとさせるイラストがいくつもあるし、ヒポポタス(ムゲンゾーン)は本当に何なのかわからなくて面白い。何がどうなったらヒポポタスでムゲンダイナと戦う羽目になるんだ。
草タイプに対するメタの張り方が陰湿すぎる
背景をよく見るとvsムゲンダイナ時のタワートップ。なんで?
本記事は双璧のファイターあたりの時期に書き始め、別に自分がわざわざ発信しなくてもな〜と放置していたものだが、しばらくして剣盾1年目のカードリストを眺めてみるとまぁ虚無いこと虚無いこと。ちゃんと考えて作られたカードをこの中に埋もれさせるのは忍びないということで投稿することにした。
ポケカの複雑さは今なお、SMと比べれば遥かに低いレベルに保たれている。しかし本日発表されたデオキシス(フュージョンアーツ)などを見る限り、いわゆる「悪いこと」、制作側の思惑を離れた相互作用に対してより寛容になっていくこと、それに伴いカードのデザイン空間の広さがSMに近づいていくことが予想される。この記事が、これから出るであろう(出てほしい)多彩なカードに押し出され、いずれ確実に我々の記憶から消えていく、狭いデザイン空間の中で奮闘して作られたカードたちのことを思い出すきっかけになれば幸いである。